トラウマ学会のこと

2010.9

* * * トラウマ学会のこと * * *

 

 NY の White Plains にある Presbyterian Hospital を訪ねたのは、2005年の春だった。 一か月間滞在した後、トラウマ学会があるというので症例報告を兼ねてAtlanta のエモリー大学に向かった。案内して下さった Dr.Ganzarein は、講演会のために何度も来日したことがあり親日家として知られている精神分析家で、ずいぶんと歓待していただいた。

 

  学会の参加者は200名はいただろうか、こじんまりした大会だった。私が特にトラウマに関心を持っていたわけではない。大震災に遭遇した経験から、多くの PTSD (今では日常語になった、外傷後ストレス障害のこと)の患者さんたちの治療に携わったからであった。その中から、PTSD 発症がきっかけで治療を受けることになった一例を紹介した。

 

  患者さんは、幼少期から大変困難な精神心理的外傷(累積外傷という)を抱えていたのだけれども、特に治療を受ける機会はなく、悶々とした困難な日常を送っていた。その途上で大震災に遭遇した。その際の被災体験の状況が、患者さんがかねて幼少期から抱えていた外傷体験を象徴する事態だったのである。過去の精神心理的内的な体験と大震災での外的な被災体験とが酷似して重なったために、PTSD 症状は非常に重症化していた。治療には相当の時間を要し難航した。

 

  しかし、悲運の中にも幸いにして、患者さんは両方の問題を解決して回復した。患者さんは、今回の明らかな PTSD 発症がなかったら、将来治療を受けるチャンスがあったとしても、もっともっと遅れていたに違いないし、その際にはきっと、さらに重症化して回復はより困難になっていただろうと予測された。

 

  ともあれ私は、精神分析的精神療法家の視点からこの症例を報告した。つまり、単に PTSD 発症の誘因となった事態にのみ焦点を置くのではなくて、患者さんの成長過程の諸々にも同時に視点を向けていく重要性を提示したのである。質疑応答で多くの時間をいただいた。そのプロセスで、ケースについての個別的検討はさることながら、私は、それまで全く自覚していなかった私自身が抱えもつトラウマを想起する体験に遭遇した。

 

  『アメリカは日本に原爆を投下した。加害者としてのアメリカ、被害者としての日本。戦後50年経過したとはいえ、そのトラウマは日本人の心に影響しているはずである。そのトラウマが、国民性として日本人心性にどう影響しているのか、そしてそこからの回復はどうなっているのか? どう考えるか? われわれアメリカ人に何を求めるか?』と、30代中半の女性研究者から質問を受けた。

 

  全く考えたことがない視点だった。

 

  いや、確かに概念としては、日本人心性の中に影響した原爆被災のトラウマや戦争のトラウマは、いったいどうなっているのかを考えるべき視点があるとの認識はあった。しかし、それを我が身に引き寄せて検討する視点は皆無だった。

 

 私の50年が瞬時にしてフラッシュバックした。焼夷弾、空襲警報、防空壕。どれもこれも、“幼児期の体験として皆が体験していることだから” との観念で、そうした体験が無い健康な静かな環境を想像したことさえなかった。家族の離散も、種々の艱難も、すべては誰もがそれぞれに身に受けた人生なのだという観念から出発していたことに気づかされた。

 

 根幹にあるトラウマを否認し続けて成長して来ていたのだ。それこそが、無意識裡に留まったままのトラウマだったのだと初めて認識したし、考えるべき問題であるし、考える意義のある課題だと、初めて認識した。

 

 人生60有余年。何か、ひと仕事してきた感覚でいたが、人生最大の課題、最後の課題を得た瞬間だった。

 

2010年9月吉日  院 長 小林 和

 

 

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